2015年1月14日水曜日

1月14日 マネジメント的視点が鍵


仕事の最前線にマネジメント的視点をもたらすこと

それ自体が1つのイノベーションである。


 あらゆる生産手段のうち、人的資源ほど効率の悪いものはない。

この人的資源の活用に成功したわずかな企業が、
生産性と産出量の飛躍的な向上を実現する。

人的資源こそ生産手段の主たる機会である。
したがって、今日関心を集めている設備や技術のマネジメントではなく、
人材のマネジメントこそが最大の関心事でなければならない。
しかもわれわれは、人的資源の生産性を
もたらす鍵が何であるかを知っている。
報酬や手法ではない。
考え方としてのマネジメント的視点である。

仕事と製品をマネジメントの目で見ることすなわち、
それらのものを全体との関連において見ることである。


(『新しい社会と新しい経営』)

ACTION POINT 
あなたの組織に、マネジメント的視点を植えつけるためには何ができますか。

==============

「マネジメント的視点が鍵」だとすれば、その鍵は、どんなカタチをしているのだろうか?



「マネジメント的視点」が大事なのはわかる。
人的資源の生産性を向上させる、そのことに異論はない。

ドラッカーのメタファーを読み解いていく。

鍵であけるものは、
"扉"なのか?、"宝箱"なのか?、"金庫"なのか?
いずれにせよ、鍵を通して、
"
より価値あるものへアクセス"
できることを意味している。


"より価値あるもの"とは何か?

企業においては、"成果"だろう。

なんらかの行動を通して得た
金銭的に価値あるもの世間からの評価
集まってきた人材などなど。

しかし、その鍵=マネジメント的視点は、
どんな
カタチ=手段をしているのだろうか?

つまり、具体的にはどこから手をつけないといけないのか

そこには、まず、その"価値あるもの=成果"のすり合わせがいる。

なぜか?

「マネジメント的視点」は、全体を見る視点だとして、
その見える"全体"は、"立場"に依存するからだ。


ここまでを整理する。


"鍵"である「マネジメント的視点」をもって、
"より価値あるもの=宝物=成果"を手に入れる。


しかし、"成果"は、立場によって、変わる可能性がある。

野球を例えに見てみる。

ピッチャーは、目の前のバッターを
抑えることが「成果」である。
コーチは、チーム力の向上が「成果」である。
監督は、ファンを喜ばせ、
勝つ野球を見せることが「成果」である。

また、日本シリーズで優勝すること、日本一の観客動員数、
親会社への貢献など
、「成果」は、立場や考え方で変わりうる。

三層のすり合わせ

そこで、会社(組織)の構成員を三層に分けて考えてみる。
そうすれば、それぞれの"成果"が見えてくる。

経営層(監督)=ブランド(ファンが喜ぶ野球)
=らしさ=競争力の源泉
管理層(コーチ)=検証(チーム力の向上)
→ヨコ展開=競争力の強化
現場層(選手)=担当業務の遂行(個人力での貢献)
競争力の発揮

いま、成果が出せず悩んでいるのだとしたら、踏み出す"最初の1歩目"は、
"自分のポジションを理解"した上で、
"他ポジションとの成果のすり合わせ"を
すること

そして、そのような機会を経ることで、
それぞれの"成果"が
全体につながることを
理解すること。そして、
それぞれの持ち場で、
能力を発揮すること。

これこそが組織が"最大の成果"を
手に入れる
"鍵のカタチ"なのだ。










2015年1月13日火曜日

1月13日 一般教養としてのマネジメント 


マネジメントとは一般教養である。


 マネジメントとは、伝統的な意味における一般教養である。

知識、自己認識、知恵、リーダーシップという人格
関わるものであるがゆえに教養であり、
同時に実践応用にかかわるものであるがゆえに教養である。

 したがってマネジメントに携わる者は、心理学、哲学、倫理学、経済学、歴史、物理学など、
人文科学、社会科学、自然科学の広い分野にわたる
知識と洞察を身につけなければならない。




それらの知識によって成果をあげなければならない。

病人の治療、学生の教育、橋の建設、ソフトの設計と販売など、
成果をあげることに使わなければならない。

(『新しい現実』)

ACTION POINT 
自らの成長を人文科学や社会科学の学習によってはかるために、
どのような計画をもっていますか。
まだならば今日そのような計画を立ててください。

==============

「マネジメント」における「教養」とは、のりしろ」である。


「マネジメント」と「成果」について、
悩んだことのある人にとって、
1つの考え方を提示します。

「選択と集中」が大事だと言われるが、
それは、果たして、正しいのでしょうか?

その「選択」が「近視眼的」なものだったら、
その「集中」は「長期的」な成功を約束しない。

しかし、そもそも、株主からの監視の厳しい環境下で、
マネジメントは「長期的」な、
あるいは、
「大局的」な見地に立てるのだろうか?

ここで書かれている「マネジメント」には、
つの側面がある。

1.知識としての「マネジメント」
2.方法論としての「マネジメント」
3.実行者としての「マネジメント」

結局、「経営」とは、取り得る選択肢の1つでしかない。

常に、他の可能性にさらされ、
そことの比較を追及される。

フレーズ1つ、施策1つで、成果が変わる。

だから、迷わないための指針としての「経営理念」がいる。
しかし、金科玉条のように変えないことだけが正しいわけではない。

その狭間を生き抜くために、
「マネジメント」には、「教養」という
"のりしろ"がいる。

"のりしろ"としての「教養」があるから、
現在の選択肢の代替案を探す余裕も、
万が一の時のリカバリーもできるのだ。

仮に、マネジメントに「教養」がなければ、どうなるか?
おそらく、その答えは、独善的なものになる。
さらに、「独善」はいずれ、目を曇らせ、組織を危機に追い込む。

なぜなら、「教養」とは、
「他の考え方も成り立ちうることを知ること」
だから。

知識としての「マネジメント」と正しく向き合えれば、
組織に「幅広い見識」と「共通認識」をもたらす。

方法論としての「マネジメント」を正しく活用できれば、
組織に「成果」と「チャレンジするマインド」をもたらす。

実行者としての「マネジメント」を正しく配置できれば、
組織に「高い目標意識」と「多様性」をもたらす。

教養をもって、成果をあげなければならない。
知識だけでは足らず、成果だけでも足りない。



"武術家なるもの 人と対するに
武術をもって接せず 武徳をもって接せよ
"

これは、小さい頃に読んだ『闘将!!拉麵男』(たたかえ!!ラーメンマン)にあった言葉だ。

マネジメントが「教養」を持つ意味と上の言葉が重なる。

「教養」は、全てが「成果」に還元されうるわけではない。
同様に、「武術」で全ての「人」に対峙するわけではない。

つまり、この武術家のように、"イザ"というときには戦える"武術"を持ちながらも、そのくぐった修羅場や、修行培った
"武徳"で人と接することと、マネジメントが「教養」として
可能性としての"幅広い見識"を持ちながら、全ての"策"を
講ずるわけではないという余裕。

そして、それが、組織の"のりしろ"になるのだと、確信する。

近視眼的なマーケティングに満足せず、
組織に"のりしろ"を持ちたいのであれば、
「教養」を大事にする素養が必要だ。

ちょうど革新的な企業Googleが、
"20%ルール"を持っていることも、
その傍証となるだろう。

2015年1月12日月曜日

1月12日 はじめに実践ありき


意思決定の前提とすべきものが「すでに起こった未来」である。


 政府、大学、ビジネス、労組、教会のリーダーたる者が
意思決定のすべきものが、「すでに起こった未来」である。

「すでに起こった未来」を知るには、今日当然としているものに反し、
したがって新しい現実をもたらしつつあるものは何かを知らなければならない。

 学者や知識人は、はじめに理論があり、政治、社会、経済、心理の現実は
それに従って形成されると考える。そういうこともある。だが滅多にない。

理論が実践に先行することはない。
理論の役割は、すでに有効性を確認された実体を体系化することにある。


個を一般化し、教え学ぶことのできるもの、
一般に適用できるものにすることにある。

(『新しい現実』)

ACTION POINT 
意思決定の前提にしているものは陳腐化していませんか。
市場で勝つには、思考の枠組みを変えなければならないのではないですか。

==============

「はじめに実践ありき」とは、未来への応用問題である。

「決定」の精度を上げて、
より多くの成果を得たいと思ったことはないだろうか?

「見込」をはずして、"思い出したくもない!!"
というような
大損を食らった経験をお持ちの方もいるはずだ。

実験を繰り返して、精度を挙げられるものもある。

ただ、現実には、そうならないものの方が多い。
例えば、就職先、大きな買い物、前例のないプロジェクト…。

ドラッカーは、その問いに、
1つの視点を提供してくれる。

「決定」したことが「見込み」とずれるのは、
前提=視点、視座」がおかしいことが原因の1つだ。
(あとは、力不足とミスコミュニケーション)

ドラッカーは、その「前提」とすべきものを、
「すでに起こった未来」と置けと説く。

そして、その「新しい現実をもたらしつつあるもの」が
"何か"を見よ、と。

理屈はわかる。
だが、どうやって、探せばいい?

その1つの可能性のヒントは、"ニュース"にある。

文字通り、"ニュース=NEWS"、
東西南北のNEW(新しいもの、こと、考え)の複数形だ。

ニュースで扱う、その事実が1つの可能性だ。

常識や当たり前、ニュース価値がないと
判断されているものは、ニュースとされない。

つまり、「話題」にあがらない。

もちろん、「世論誘導」という目的もあるかもしれないので、
鵜呑みにすると損をすることがある。

そうではなくて、ニュースが伝える"事実"の"背景"を
注意深く追うことで見えてくる可能性を見つけるのだ。
つまり、事件が起こる要素を1つ変えれば、
生まれたであろう、"別の事実"の可能性だ。


例えば、「生乳価格上昇」というニュース。

①起こった事実の次のステップを想像してみる。

「乳製品」に価格が連動し上昇?→買い控える?予算を削る?

②起こった事実が、このまま続くと見る。

「牛乳」の買い控え?→カルシウム不足を補う低価格商品のニーズ発生?

③起こった事実から逃げる。

代替品を探す動きはどうか?→別の材料になりうるもの、手法が開発されうる?



「すでに起こった未来」は、
「ターニングポイント」だということを以前書いた。

そして、その連なる可能性
見越して、行動してみる。

もし、間違えたとしたら、
そこまで戻って別の選択肢を取る。

それを繰り返すことで、「決定」の精度が上がり、
より多くの「成果」をあげられるようになるはずだ。

そのためにも、あなたも、「ニュース」の奥にある
可能性を想像して行動してみてはいかがだろうか?









2015年1月11日日曜日

1月11日 人のものとしてのマネジメント



マネジメントとは人にかかわることであり

善悪にかかわることである。

マネジメントとは、仕事の絆で結ばれた
コミュニティとしての組織
において機能すべき
ものである。

共有する目的のもとに、仕事の絆で結ばれた
コミュニティとしての組織
ものである
からこそ、
マネジメントとは人にかかわることであり、善悪にかかわることである

私自身、大学で宗教学を教えていたころよりも、
コンサルタントの仕事を通じてより多くの神学を学んだ。

(「マネジメントの仕事を教える」『ニューマネジメント』誌収録)

ACTION POINT 
一緒に仕事をしている人に悪い人がいませんか。
そのことについて何かできることはありませんか。

==============

「マネジメント」とは、「旗振り役」である。

これを書いた時点のドラッカーは、目指した「組織」の理想は、
"目的"を共有した地域の「コミュニティ」のようなものだった。

だから、マネジメントに、閉じられた世界の伝統の中で
培われた「善悪」を重ねたのだと思う。

もし、そうでなければ、全て「損得」を基準にしようという話になったはずだ。

ただ、その後、企業社会の中の「組織」ではなく、
「NPO」にその理想をスライドさせたように思う。

社会的つながり、目的を求める姿、利益優先ではない姿勢。

昨日のマズローの欲求五段階に重なるが、
人の目的は、段階によってかわり、
それぞれ、そのどれもが正しい。

ただし、自分に「武器」がなく成果を上げる能力がなく、
貢献できないのであれば、組織や集団内で、
その立場は弱く、自分の判断する「善悪」を
貫くことは難しいだろう、と思う。

だが、逆かもしれないとも思う。

善悪を貫くこうとする姿勢に、
力が追いつくのかもしれない。


そうだとしたら、今は、仮に力はなくとも、
世界を救う「勇者」として、立ち上がればいいんだ。

今は、例え「レベル1の勇者」としても…。
まぁ、いつまでたっても、「レベル1」でいるのも困り者だが・・・w

企業を人体に見立てるのならば、
「成果=顧客の問題解決としての商品、
サービス、ありがとうの声」
という
エネルギーを取り込み、そのプロセスとして「利益」がでる。

そして、世間や社会という"畑"にまくことで、
新たな"価値"を生みだしてくる。

だから、"利益"を目的にするのは順序が違う。

それは、ドラッカーが、
"企業の目的は、顧客の創造"と
喝破したことにも通じる。

そして、マネジメントは、人類に寄与するがために、
ドラッカーは「人のもの」として、時代に合わせ
発展させていかねばならないと考えたのだと思う。

そのためには、「マネジメント」は、時代に応じた
旗を振り、周りを鼓舞させなければならないのだ。









2015年1月10日土曜日

1月10日 圧制に代わるマネジメント



自立した組織に代わるものは

全体主義による独裁である。

組織が自立性を失うならば、個人はありえず、
自己実現を可能とする社会もありえない。

自立性を許さない全体主義が押付けられる。
自由どころか民主主義も不可能となり、スターリン主義だけとなる。

自立した組織に代わるものは、全体主義による独裁である。

 全体主義は競争を許さず、絶対のボスを据える。

責任を与えず、恐怖によって支配する。

組織を廃絶し、すべてを包含する官僚機構に吸収する。

財とサービスの生産は、苦役として強制的、恣意的かつ
不経済に行なわれ、膨大なコストの下に低迷するだけとなる。

組織が責任をもって成果をあげることだけが、自由と尊厳への道である。
成果をあげる責任あるマネジメントだけが圧制を防ぎ、かつ圧制に代わるものとなる。

(『マネジメント-課題・責任・実践』)

ACTION POINT
さらに成果をあげるには何をなすべきでしょうか。

※圧制…無理に抑えつける。圧政…権力で抑えつける政治。

==============

「自立した組織」とは、全体主義による独裁に対する『防波堤』である。」


『防波堤』とは、言わずと知れた外洋から打ち寄せる波を
防ぐために海中に設置された構造物である。

その目的は、波浪から港湾の内部を安静に保つことや、
津波や高潮の被害から陸域を守ること、
あるいは海岸の侵食を防ぐことなどである。

「自立した組織」自身、その構成員自身が、
外部環境から身を守り、内部組織を守り、疲弊するのを防ぐ。

しかし、その『防波堤』も、時と共に劣化する。

今は、自立できていたとしても、
油断をすれば、それがままならない状況になる。

この書かれた時代は、「自立した組織」で、
「全体主義」に立ち向かおうとドラッカーは考えていたのだろう。

「組織」か「個人」か関わらず、
「自立した存在」とならなければ、何かに依存する。

全体主義、もう過去の遺物と思われるかもしれない。

しかし、身の安全と引き換えに、
ボスが考える「全体」に委ねるのならば、
呼称はともかく、内実は同じものと言える。

依存は、ジャッジの基準を歪める。

本当は違うと思っていても、

黙っておこう・・・。
言われている事だけやればいい・・・。
聞いているフリをしよう・・・。

となる。

成果を挙げれば何でも許される、ことでない。

ただ、「成果」を挙げなければ、
「存続」は、脅かされる。

「自立」は生易しいことではない。
また、全てのものに反発することでもない。

だが、「自ら立つ」という気概なくしては、
「自分の意にそわぬ」波に飲み込まれてしまうだろう。




2015年1月9日金曜日

1月9日 企業としての個の確立



トップマネジメント以外はすべてアウトソーシングできる。


 ネクスト・ソサエティでは、トップマネジメントがそのまま企業となる。

トップマネジメントの責任は、
①方向づけ、②計画、③戦略、④価値、⑤原則、⑥構造、⑦関係、
⑧提携、⑨合弁、⑩研究、⑪開発、⑫設計、⑬イノベーションにおよぶ。

組織としての個の確立には価値観が必要となる。

ネクスト・ソサエティにおけるトップマネジメントの
最大の仕事が、組織としての個の確立である。

 第二次世界大戦後の半世紀間、企業はその経済的側面、
すなわち富と雇用の創出において成功を収めてきた。

しかし、ネクスト・ソサエティにおける企業の最大の課題は、
社会的な正統性の確立、すなわち
価値使命ビジョンの確立である。

他の機能はすべてアウトソーシングできる。

(『ネクスト・ソサエティ』、eラーニング教材『ネクスト・ソサエティ』)

ACTION POINT 
価値、使命、ビジョンだけを考え、
他のものはすべてアウトソーシングするべく検討してください。

==============

「企業としての個の確立」とは、
『"らしさ"を認めてもらうこと』である。

個性的な企業として、アップルを例にとる。

僕が考える「アップルらしさ」とは、
カッコいいデザインのハード、使いやすいOS、
それらがつながることで作られる全体感。

それは、「世界観」という言葉で
言い換えられるかもしれない。

その「世界観」をサイモン・シネック氏が、

Here's how Apple actually communicates. 
アップルならこんな風に伝えます

"Everything we do, we believe in challenging the status quo.
「我々のすることはすべて 世界を変えるという信念で行っています

We believe in thinking differently.
違う考え方に価値があると信じています

The way we challenge the status quo is by making our products beautifully designed, simple to use and user friendly.
 私たちが世界を変える手段は 美しくデザインされ 簡単に使えて 親しみやすい製品です

We just happen to make great computers. Want to buy one?"
こうして素晴らしいコンピュータができあがりました」 一つ欲しくなりませんか?

Totally different right? You're ready to buy a computer from me.
 全然違うでしょう?  買いたくなりますよね?

All I did was reverse the order of the information.
今したのは 情報の順番を逆にすることでした

What it proves to us is that people don't buy what you do; people buy why you do it.
これが示すのは 人は「何を」ではなく 「なぜ」に動かされるということです

People don't buy what you do; they buy why you do it.
人は「何を」ではなく 「なぜ」で購入するのです

This explains why every single person in this room is perfectly comfortable buying a computer from Apple.
だからこの場にいる人はだれもが 安心してアップルから コンピュータを買っているのです

But we're also perfectly comfortable buying an MP3 player from Apple, or a phone from Apple, or a DVR from Apple.
そして MP3 プレイヤーやスマートフォンや ビデオレコーダーも 安心してアップルから買えるのです

But, as I said before, Apple's just a computer company.
でも アップルは単なるコンピュータ会社です

There's nothing that distinguishes them structurally from any of their competitors.
アップルと他社とで 何か仕組みが違うわけではありません


①企業としての「価値観」をつくる。(WHY)
②その実現方法を提示(How)
③その上で、出来上がった製品、サービスを提示する。(What)

こうやって、企業は、個の確立という
「らしさ」を手に入れ、
消費者に認知される。

そのことで他者と差別化が可能になる。

製品・サービスの差別化が難しくなる中、
企業の『らしさ』作りは、消費者をファンに変えうることを考えると、
圧倒的に重要だ。







2015年1月8日木曜日

1月8日 知識労働者の自律性


知識労働者には自律性と責任がともなう。


 知識労働者には自律性が必要であるからこそ、
彼らに対し、なすべきことと、もたらすべきもの(成果)
明らかにすること要求しなければならない。

 知識は多様であって、知識労働者のもつ知識もそれぞれ異なる。

したがって彼らは、自らが専門とする分野については、
誰よりも詳しくなければならない。

彼らは知識をもつことによって報酬を得ている。

仕事に取り組むからには、自ら計画を立て、自ら行動しなければならない。
知識労働者たる者は、自らの行動計画を組織に提示しなければならない。

何に重点をおくか、いかなる成果を期待できるか、それはいつまでに可能か。
知識労働者には自律性と責任がともなう。

(『明日を支配するもの』、eラーニング教材『知識労働者の生産性』)

ACTION POINT
重点、成果、期限を含む行動計画を作成し、上司に提示してください。

==========

知識労働者の自律性とは、
『組織の歯車』である。


マネジメント側、依頼者側から相手の「専門性」がわからない。
だから、それを明らかにすることを要求する。
すごいシンプルだけど、大事なことだ。

知識労働者とは・・・


知識労働者の例として、「医師」を挙げる。
自分が病気になって、診察を受けたする。

病院で、医師に「◇専門性」があると信ずるのは、
まずは「①資格、免許」があるからだ。
「◇専門性」を担保する1つのやり方が、「①資格、免許」だ。

その次に、その「①資格」を裏付ける「②経験」を聞くだろう。
そして、その「②経験」に基に出した、「③方針=なすべきこと」を聞くだろう。

その上で、自分の望む、意図する『☆成果』(=もたらすべきもの、この場合は治癒)が
得られる可能性を見出し、治療に臨むのだ。

もちろん、業種によっては、「①資格、免許」が形骸化されているとの声もある。
また"時代"の変化のスピードが速く、①資格、免許が追いつかない場合もある。

その上で、知識労働者の自律性を考える。

自律、自分を律する。
村山誠氏は、自律をシンプルに「●+●=○」で表す。

自分を律する、とは、
自分とのルールを守ることだ。

自分とのルールを守るのは何のため?

「①資格、免許」を剥奪されないため?
「②経験」を積むため?
「③方針」の精度をあげるため?


知識労働者も人間である。

その人間の欲求をフレーム化した、
マズローの欲求5段階説がある。



(1)生理的欲求
(2)安全の欲求
(3)社会的欲求
(4)尊敬、評価の欲求
(5)自己実現の欲求

知識労働者が今、望むものは何か?

人間の欲求モデルは多いが、今回は、
マズローの5段階欲求と照らし合わせ、
知識労働者の持つ『ルール』を紐解く。

生活の資を得る「生理的欲求」のためか?
プライドを満たす「尊敬、評価の欲求」のためか?
理想を具現化する「自己実現」のためか?

働く知識労働者が持つ「欲求」は違う。
それを確認し、動いてもらう。

知識労働者の持つ「専門性」を
十二分に発揮してもらうために。

1.知識労働者が持つリソース。
2.マネジメントが持つ視点。
3.それをつなげるコミュニケーション。

つまり、知識労働者の自律性とは、
『組織の歯車』である。


もし、マネジメントが
1)歯車の特性がわからず、
2)目指すべき場所を示さず、
3)適切な役割を与えなければ、
歯車は、空回りするだろう。

だからこそ、知識労働者は、自らの専門性を明らかにし、
自律的に働くことは、組織に対する責任と言える。

逆に、その歯車(リソース)が、次のパートに、
うまく力を伝達(コミュニケーション)することができれば、
組織は力強く駆動できる。

知識労働者自身は、「働く目的=欲求」とポジティブな向き合う、
あるいは、見つけることで、自分から動けばいい。

内発的動機で自主性・成長・目的が大事だという
ダニエル・ピンク氏は、東洋経済のインタビューで、
"人生の早い時期から、自らの目的を探すために、本音の会話を始めること、
そして、目的は時の経過とともに少しずつ変化することを認識することが大事だ。"
と言っている。

これは知識労働者自身から見ても、
組織を預かる立場においても言えることだ。

自分を律する。
それはきついことだけではない。

なぜなら、知識労働者の
「目的=欲求」を明らかにし、

そのルールに物事を判断できるなら、
無駄に悩む必要がなくなり、

気持ちよく働けるからだ。










2015年1月7日水曜日

1月7日 資産としての知識労働者

ドラッカー,ドラッカー365の金言,知識労働者,マネジメント,金の卵を産むガチョウラッカー,ドラッカー365の金言,知識労働者,マネジメント,金の卵を産むガチョウ


資産の保全こそマネジメントの責務である。


知識労働者は生産手段を所有する。

それは頭のなかにあり、
持ち運びができる膨大な資本財である。

知識労働者は、生産手段を所有するがゆえに自由に移動する。
肉体労働者は、仕事が彼らを必要とする以上に仕事を必要とした。

もちろんあらゆる知識労働者について、
彼らが組織を必要とする以上に
組織が彼らを必要とするわけではない。

しかし彼ら(知識労働者)の多くは、組織との間に、
お互いを必要とするという共生関係にある。


組織に寄託された資産の保全こそマネジメントの責務である。

このことは、知識労働者のもつ知識が資産となり、
しかも、それがますます主要な資産となりつつある
今日、何を意味するだろうか。

人事管理上、いかなる意味をもつか。

最高の知識労働者を惹きつけ留まってもらうには何が必要か。

彼らの生産性を高め、組織の業績に結びつけるには何が必要か。


(『明日を支配するもの』)

ACTION POINT
最高の資産として処遇することによって、
最高の知識労働者を惹きつけ留まらせることに努めてください。

==============

「資産としての知識労働者」とは、「金を産むガチョウ」である。

焦って、お腹を開けちゃだめよーダメダメw

・ガチョウが金の卵を産むのに適しない環境とは?

①エサ不足→(給料、十分な知識を得る機会の不足
②敵だらけ→(非協力的な社内
③腹をかっさばかれる→(成果で出す途上での過度な関与
④産める以上の卵をせっつかれる→(能力以上の要求
⑤休養できない→(働かせすぎ
⑥騒音→(集中できない
⑦運動不足→(チャレンジさせない

ガチョウ(知識労働者)が金の卵(成果)は産むためには、
産める力(リソース、ポテンシャル)を最大限発揮できるように、
十分なエサ(給料、継続的教育)を与え、
適度の運動(実践的なチャレンジ)をさせ、
体を休める(休養)環境を整えることだ。

ガチョウには、意志がある。
いやなら、逃亡(転職)する。


童話なら、欲深な飼い主の愚かさがわかるのに、
実社会で、類似のケースが散見される。

そんなことにならないように、
環境づくりが大事。

それができてこそ、資産としての
"知識労働者"を守ることができるのだ。

※人間を"ガチョウ"とする表現は、理解しやすくするためのアプローチでそれ以外の意図はありません。

2015年1月6日火曜日

1月6日 廃棄が正しい選択


まだ行なっていなかったとして今これを始めるかを問わなければならない。


 まだ行なっていなかったとして、かつ今知っていることをすべて知っていたとして、
今これを始めるかを問わなければならない。


答えがノーであるならば、次の反応は、それでは何を行なうかでなければならない。

 次のような場合には、直ちに止めることが正しい行動である。

第一に、製品、サービス、プロセス、市場の寿命が
まだ数年あるという状況では、廃棄
が正しい行動である。

膨大な人手を奪うのは、そのような
死につつある製品、サービス、プロセス、市場である。

それらのものが、最も生産的で有能な人材を縛りつける。

 第二に、製品、サービス、プロセス、市場が
償却ずみを理由として維持されている状況では、廃棄が正しい行動である。

コストのかからない資産など存在しない。コストは埋没しているにすぎない。

 第三に、最も重要な状況として、製品、サービス、プロセス、市場が、
これから成功させるべき製品、サービス、プロセス、市場にとって
邪魔になった状況では、廃棄が正しい行動である。
(『明日を支配するもの』)


ACTION POINT 
実際にこの質問を行い、
答えがノーであったならば、
いかに愛着があろうとも
廃棄の決断をしてください。

==========

体系的な廃棄が教えることは、「人生との向き合い方」である。


もし、今、知っているあらゆる情報を持っていたとしたら、
あなたは、その選択肢をとっていますか?

ドラッカーが言っていることは、
いわゆる「市場との向き合い方」である。

「その商品、サービスに、
組織として今、リソースを
割り当てることが正しいのか?」ということだ。

それは、思い入れのある商品だとか、
今、利益が出ているかは問わない。

寿命があまりない、償却ずみ、
新しい商品の障害になる商品は
廃棄せよ、ということだ。

これは、「個人の問題」に置き換えても一脈通ずるところがある。

例えば、今につながる関係を 決定した時点に遡り、
今と同じ情報を持っていれば、どうするだろうか。

今の職場は?
今のパートナーは?
今の友人は?

これは、すごく怖い問いだ。

自ら発する問いに、
自らも晒されるということだ。

惰性、腐れ縁、馴れ合い…。

僕のFacebookでの
交際ステータスを、
「複雑な関係」にしている。

それは関係が
固定的なものではなく、
その維持には、
日々「廃棄」される可能性を
忘れないようにする為だ。

みなさんの場合は、
いかがだろう?

HY 366日 


この歌の主人公のように、
頭でわかっていても、
「廃棄」できず、苦しむ…。

それも、人間だ。

でも、だからこそ、
「勇気」を出して、
「廃棄」して、前を向く。

人生と向き合う。
市場と向き合う。

大事なことだ。




2015年1月5日月曜日

1月5日 体系的な廃棄



死臭を防ぐことほど手間のかかる無意味なことはない。


仕事が出来るものは、多くのことで成果をあげなければならないことを知っている。

だからこそ集中する。
集中するための原則は、生産的でなくなった過去のものを捨てることである。

第一級の資源、とくに人の強みという稀少な資源を昨日の活動から引き揚げ、
明日の機会に充てなければならない。

昨日を捨てなければ
明日をつくることはできない。

意識して体系的に廃棄をしないかぎり、
組織は次から次へと仕事に追われる。

行なっていてはならないこと、
もはや行なうべきでないことに資源を浪費する。

そのため、せっかくの機会を利用するうえで
必要な資源、とくに有能な人材が不足する。

あまりにわずかの企業しか
昨日を捨てていない。

あまりにわずかの企業しか明日のために必要な資源を手にしていない。

(『経営者の条件』『乱気流時代の経営』『未来への決断』『明日を支配するもの』)

ACTION POINT
陳腐化した事業に投資して資源を
浪費することを止めてください。
機会を利用するために有能な人材の
手を空けてください。


==============


体系的な廃棄とは、

「定期テスト」である。


「昨日」の賞味期限をいつも見誤る。

捨てた方がいいのに、、、
ついつい、捨てられずにいる。
強みも、「環境」で変わる。

よりコアなものを見つけ出すことだ。  

抽象度をあげるんだ。

たとえば、「ケンカが強い」
人間がいるとする。

その人間の「ケンカの強さ」は、
どこにあるのか?

1.力、スピードなのか?
2.ケンカに入るまでの
雰囲気づくりなのか?
3.相手の気づかない弱みを
見つけることがうまいのか?

もし、1なら、ケンカ以外の
スポーツでも彼の「強み」は
活かせるのかもしれない。

もし、2なら、ケンカ以外の
コミュニティづくりでも、彼の
「強み」は活かせるのかもしれない。

もし、3なら、ケンカ以外の
交渉でも彼の「強み」は
活かせるのかもしれない。

そうやって、場面場面で
「定期テスト」を行なうのだ。

そうすれば、
「体系的な廃棄」を行えて
なおかつ「強み」を活かす道を 
見つけられる。

あなたの「強み」を
カタチ創る「資本」は、
必ずある。










2015年1月4日日曜日

1月4日 組織の惰性




あらゆる組織が
活動の評価尺度を必要とする。


再設計や修正なしに、長期にわたって成果をあげる活動はありえない。

あらゆる活動が陳腐化する。

この事実を無視するのが政府である。
何も止められないことが政府の最大の病であり、かつその原因である。

病院や大学も、昨日を捨てることについては政府より若干ましなだけである。

企業の人たちも、官僚と同じように昨日に愛着をもつ。失敗すれば努力を倍加する。
しかし、幸い、企業は好きにしているわけにはいかない。

市場という冷徹な規律のもとにある。
客観的な尺度としての収益性がある。

意に染まなくとも、成功しえないもの、非生産的なものは捨てざるをえない。この経済性が、政府、病院、軍にとっては制約要因にすぎない。

あらゆる組織が変化しなければならない。

したがって企業以外の組織は、企業にとっての市場と収益性
相当する規律尺度を必要とする。

それぞれの組織がそれぞれの尺度を必要とする。

(『断絶の時代』)

ACTION POINT
あなたが参加しているNPO(非営利組織)に活動の評価尺度をもたせてください。

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規律は、『線路』である。

規律である『線路』があることで、

1)やることが決まっているので、迷わない。
2)目標までの最短距離を取れる。
3)素早い判断が下せる。

もちろん、そこから外れることは許されない。
外れたならば、脱線だ。大事故になる。

しかし、その「線路」が陳腐化していたら、どうなるか?

「電車」である組織は、早晩、脱線するだろう。
では、陳腐化させないために、どうすればいいか?

①陳腐化しないものを規律にする。
②規律を見直すことをルールに入れておく。
③いつもの規律と違う環境を作る。

①は、「線路」を「裁定者≒お役所、国土交通省」に決めさせるやり方。

常に変動していく「市場」をルールメーカーとし、
その「市場」の決定に合わせ、是とするやり方。
本文にあるのは、このパターン。

②は、「線路」を点検するやり方。

現在のルールと現実の食い違いがないかを見極める。
変えるべきものを変え、見直すものは見直す。

③は、「線路」のない環境をあえて作るやり方。

国を変える、テスト環境に身を置く、別の路線を作るなど
新しい可能性を探るというもの。

規律はマネジメントの強力な武器になる。

ただし強力であるからこそ、
使い方を間違えれば、
大きな枷となる。

メリットを活かし、デメリットをどう抑えるか?

そこの巧拙に、企業の個性と戦略が現れるはずだ。

公的機関の6つの規律

さらに、ドラッカーは、『マネジメント──課題、責任、実践』[上]で、
あらゆる公的サービス機関が、6つの規律を課す必要を説いている。


(1)事業の定義

   「事業は何か」「何であるべきか」を定義する。

    ありうる定義をすべて公にし、それらを徹底的に検討する。
    それらを徹底的に検討する。必要とあれば、異なる定義、しかも
    一見対立する定義を採用し、バランスを計る。

(2)目標の設定

    その定義に従い、明確な目標を設定する。

(3)活動の優先順位

    活動の優先順位を検討し、活動領域を定め、
    成果の基準すなわち最低限必要な成果を規定し、
    期限を設定し、担当者を明らかにし、成果をあげるべく仕事をする。

(4)成果の尺度

   成果の尺度を定める。

   それは、例えば、AT&Tが尺度とした顧客満足度、
   明治の日本が社会発展の尺度とした識字率である。

(5)成果の評価

    それらの尺度を用いて、自らの成果についてフィードバックを行う。
    成果による自己管理を確立する。

(6)活動の廃棄

    目標と成果を照合する。

    目的に合致しなくなった目標や、実現不可能であることが明らかになった目標を識別する。
    不十分な成果や非生産的な活動を識別する。不十分な成果に資金とエネルギーを
    投入し続けることのないよう、非生産的な活動を廃棄するシステムをつくりあげる。

このうち、ドラッカーは、第六のステップが最も重要であるとした。
これは、即ち、成功を生んだ行動が習慣化したがゆえに、
新しい現実を認められなくなる今日の政府であり、
『チーズはどこに消えた』のヘムのようになること防ぐためだ。