2015年1月4日日曜日

1月4日 組織の惰性




あらゆる組織が
活動の評価尺度を必要とする。


再設計や修正なしに、長期にわたって成果をあげる活動はありえない。

あらゆる活動が陳腐化する。

この事実を無視するのが政府である。
何も止められないことが政府の最大の病であり、かつその原因である。

病院や大学も、昨日を捨てることについては政府より若干ましなだけである。

企業の人たちも、官僚と同じように昨日に愛着をもつ。失敗すれば努力を倍加する。
しかし、幸い、企業は好きにしているわけにはいかない。

市場という冷徹な規律のもとにある。
客観的な尺度としての収益性がある。

意に染まなくとも、成功しえないもの、非生産的なものは捨てざるをえない。この経済性が、政府、病院、軍にとっては制約要因にすぎない。

あらゆる組織が変化しなければならない。

したがって企業以外の組織は、企業にとっての市場と収益性
相当する規律尺度を必要とする。

それぞれの組織がそれぞれの尺度を必要とする。

(『断絶の時代』)

ACTION POINT
あなたが参加しているNPO(非営利組織)に活動の評価尺度をもたせてください。

==============

規律は、『線路』である。

規律である『線路』があることで、

1)やることが決まっているので、迷わない。
2)目標までの最短距離を取れる。
3)素早い判断が下せる。

もちろん、そこから外れることは許されない。
外れたならば、脱線だ。大事故になる。

しかし、その「線路」が陳腐化していたら、どうなるか?

「電車」である組織は、早晩、脱線するだろう。
では、陳腐化させないために、どうすればいいか?

①陳腐化しないものを規律にする。
②規律を見直すことをルールに入れておく。
③いつもの規律と違う環境を作る。

①は、「線路」を「裁定者≒お役所、国土交通省」に決めさせるやり方。

常に変動していく「市場」をルールメーカーとし、
その「市場」の決定に合わせ、是とするやり方。
本文にあるのは、このパターン。

②は、「線路」を点検するやり方。

現在のルールと現実の食い違いがないかを見極める。
変えるべきものを変え、見直すものは見直す。

③は、「線路」のない環境をあえて作るやり方。

国を変える、テスト環境に身を置く、別の路線を作るなど
新しい可能性を探るというもの。

規律はマネジメントの強力な武器になる。

ただし強力であるからこそ、
使い方を間違えれば、
大きな枷となる。

メリットを活かし、デメリットをどう抑えるか?

そこの巧拙に、企業の個性と戦略が現れるはずだ。

公的機関の6つの規律

さらに、ドラッカーは、『マネジメント──課題、責任、実践』[上]で、
あらゆる公的サービス機関が、6つの規律を課す必要を説いている。


(1)事業の定義

   「事業は何か」「何であるべきか」を定義する。

    ありうる定義をすべて公にし、それらを徹底的に検討する。
    それらを徹底的に検討する。必要とあれば、異なる定義、しかも
    一見対立する定義を採用し、バランスを計る。

(2)目標の設定

    その定義に従い、明確な目標を設定する。

(3)活動の優先順位

    活動の優先順位を検討し、活動領域を定め、
    成果の基準すなわち最低限必要な成果を規定し、
    期限を設定し、担当者を明らかにし、成果をあげるべく仕事をする。

(4)成果の尺度

   成果の尺度を定める。

   それは、例えば、AT&Tが尺度とした顧客満足度、
   明治の日本が社会発展の尺度とした識字率である。

(5)成果の評価

    それらの尺度を用いて、自らの成果についてフィードバックを行う。
    成果による自己管理を確立する。

(6)活動の廃棄

    目標と成果を照合する。

    目的に合致しなくなった目標や、実現不可能であることが明らかになった目標を識別する。
    不十分な成果や非生産的な活動を識別する。不十分な成果に資金とエネルギーを
    投入し続けることのないよう、非生産的な活動を廃棄するシステムをつくりあげる。

このうち、ドラッカーは、第六のステップが最も重要であるとした。
これは、即ち、成功を生んだ行動が習慣化したがゆえに、
新しい現実を認められなくなる今日の政府であり、
『チーズはどこに消えた』のヘムのようになること防ぐためだ。














2015年1月3日土曜日

1月3日 不可欠の存在としてのマネジメント



二葉の草を育てる者こそ
人類の福祉に貢献する者である。


マネジメントは、文明が存続するかぎり、基本的かつ支配的な機関として存在を続ける。
それは、近代経済の特性および企業のニーズからして不可欠のものである。

のみならず、それは現代社会の信念の具現である。
経済資源の組織化によって人類社会の糧を
確保しうるとの信念の具現である。

経済が福祉と正義の実現の強力な原動力になるとの信念の具現である。

三〇〇年前、ジョナサン・スウィフトがいったように、
想像力だけの哲学や形而上の体系を築く者ではなく、
一葉の草しか育たなかったところに二葉の草を育てる者こそ、
人類の福祉に貢献する者であるとの思想の具現である。


資源を生産的なものにすることを託された機関、
すなわち経済発展の責任を課された機関としてのマネジメントは、
現代の基本理念を反映する存在である。


もはやマネジメントは不可欠の存在である。
そしてそのゆえにこそ、その誕生以来ほとんと反対されることなく急速に成長してきたのである。

(『現代の経営』)

ACTION POINT 
マネジメントの能力、真摯さ、仕事ぶりが
社会の発展に不可欠なことを示してください。


==============

マネジメントとは、「遠心分離機」である。

PDCAのサイクルを高速に回すことで、
効果があることと、そうでないことをわけていく。
その結果、効果あることの総量を増やす。
つまり、一葉の草しか育たなかったところに二葉の草を育てることだ。

その時、事実確認、現状分析のCからはじめると良い。

Check(分析)→Action(改善)→Plan(計画)→Do(実行)→C…
というように…。

もし、Cからはじめなければ、

1)リソースの把握不足
2)コミュニケーションロス
3)現状に対する誤認の可能性

などによって、

「経済資源の組織化」がままならず、
「人類社会の糧を確保しうる」ことがおぼつかず、
「経済が福祉と正義の実現の
強力な原動力になるとの信念の具現」が遠のく。

「経済」とは、財やサービスを交換する仕組みだ。

それが機能しなければ、何らかの「強制性」に依存する形になる。
つまり、公平という「正義」の実現が難しくなる。

「困った時はお互いさま」
という言葉がある。

それは、その通りなのだが、
行き過ぎると良くない。

なぜか?

理由は2つある。

1つ目は、お互いさまの「関係」が崩れたとき、
バックアップするものがないから。

2つ目は、「お互いさま」の関係が、
片務的になるリスクがあるから。
そうなれば、依存関係しかない。

だからこそ、

みんなで力を合わせて、
財やサービスをうみだそう。

ということなのだろう。

だからこそ、「財」を生み出す仕組みを産み、
PDCAの高速回転により、成果のあるものとないものを
「遠心分離」するマネジメントは、重要なのだ。














2015年1月2日金曜日

1月2日 未来の確認



重要なことは
「すでに起こった未来」を確認することである。


 未来学者は、自ら予測したことがどれほど実現したかで的中率を測る。

予測しなかったもののうち、重要なものがどれほど現実となったかは数えない。
予測したものすべてが実現することもある。

だが、彼らは最も重要なことを予測せず、困ったことには、
それらのことに関心を示すことさえない。

 この予測の空しさは避けられない。

重大な変化は、価値観の変化認識の変化目的の変化など、
予測不可能なものの変化によってもたらされるからである。


 事業を行なう者にとって重要なことは、「すでに起こった未来」を確認することである。

社会、経済、政治において重要なことは、「すでに起こった未来」を機会として
利用することである。それらの変化を認識し、分析する方法を開発することである。


(『断絶の時代』『すでに起こった未来』)

ACTION POINT
市場にすでに現れているトレンドを明らかにしてください。
それらのトレンドがいつごろまで続きそうであるか、
あなたとあなたの組織にいかなる影響を与えうるかを書き出してください。

==============

「すでに起こった未来」とは、ターニングポイント。

未来に対して、決定的な影響力を
及ぼす可能性を含んだ出来事、指標。


ドラッカーは、先進国における
1.高くなりはじめた若者に対する高齢者比率
2.出生率の減少傾向
から「少子高齢化社会の到来」を見出す。

人口自然減最大の26万人、出生数4年連続最少 


○2014年に国内で生まれた日本人の赤ちゃんは前年より2万9千人少ない100万1千人。

・統計の残る1899年以降最少を更新。(出生数は4年連続で最少を更新。)
・1990年代は120万人前後で推移していたが、05年に初めて110万人を下回った。
・2014年はかろうじて100万人台を保つも、9月に明らかになる確定数では割り込む可能性もある。

→ということは・・・、2015年は新生児100万人切る?
(12月31日、厚生労働省の人口動態統計の年間推計より)


○死亡数も戦後最多の126万9千人。

○出生数が死亡数を下回る「自然減」は26万8千人で過去最大。

・日本の人口の自然減は8年連続。
・2005年に初めて自然減に転じ、
 2007年以降は減少幅が拡大
 2010年に10万人、11年に20万人を突破した。

○厚労省は「20~30代の女性の人口が減っており、
 今後も出生数の減少が見込まれる。
 高齢化も進展しており、人口減の傾向は続く」としている。


○2014年の死因
・1位・がん(37万人)
・2位・心筋梗塞などの心疾患(19万6千人)
・3位・肺炎(11万8千人)、
・4位・脳卒中などの脳血管疾患(11万3千人)と続いた。

死因上位の4疾患は4年連続で順位に変化が無く、
死者数の約6割(約80万人)を占めた。


○婚姻件数も前年比1万2千組減の64万9千組で戦後最少を更新。
・戦後で最も少なかった11年(66万1895組)を大きく下回った。

○離婚件数は22万2千組で、前年より9千組減った。
・02年に28万9836組で戦後最多になって以降は減少傾向にある。



ということは・・・

1)人口の確保
→①労働力確保にロボット技術への投資増?→特許を買う動き加速、研究者確保→環境整備
→②海外人材の受入増?→日本の良さをアピールする必要性→映像ソフトによる日本認知拡大
→③代理母、遺伝子技術

2)技術伝承の確立急務
→ゲーム会社等による動画やマニュアル作成ビジネス参入の活発化。

3)シルバー人材の活用
→体力考慮にした仕事の細切れ化・再統合化→クラウドワークの加速。 などなど


あなたしか気づいていない
ターニングポイントは、ありませんか?











2015年1月1日木曜日

1月1日 リーダーの真摯さ






組織の精神はトップから生まれる。


 真摯さを絶対視して、はじめてマネジメントの真剣さが示される。
それはまず人事に表れる。
リーダーシップが発揮されるのは真摯さによってである。
範となるのも真摯さによってである。

 真摯さはごまかせない。

ともに働く者とくに部下には、上司が真摯であるかどうかは数週でわかる。
無能、無知、頼りなさ、態度の悪さには寛大かもしれない。
だが、真摯さの欠如は許さない。
そのような者を選ぶ者を許さない。

このことは、とくにトップについていえる。
組織の精神はトップから生まれるからである。

組織が偉大たりうるのは、トップが偉大だからである。
組織が腐るのはトップが腐るからである。
「木は梢(こずえ)から枯れる」との言葉どおりである。


 範とすることのできない者を高い地位につけてはならない。
(『マネジメント-課題・責任・実践』)

ACTION POINT
ヘッドハンティングをされたならば、
先方のトップの人となりを見てください。
仕事は真摯な人たちとしてください。

==============

「真摯さ」とは、言行一致。

言うは易く行うは難し。
その困難さを乗り越える
率先垂範の姿勢を追求できるか。

言わないわけにはいかない。
"有言実行"しかない。

そのために、どうするか?

①「有言実行」すべき場所を見定めること。(視点の重要さ)
②「実行」へのリソースを借りること。
③「有言」の整合性をとること。


2014年6月15日日曜日

ちょっと気になるアート入門25「こども展」

◆パリで約20万人を動員した『こども展』


先日、『こども展』を紹介する、
ブロガーイベントに参加した。

この『こども展』は、パリで
約20万人を動員した展覧会を
日本版にアレンジした企画展。

モデルは基本、可愛い子供ばかり。
(※1)

この「こども」という切り口を
モネ、ルノワール、ピカソ、、、といった
錚々たる画家約50名が競演する形だ。

◆異彩を放つ1枚の絵

アンリ・ルソー『人形を抱く子ども』
さて、中に入ってみると、
異彩を放つ1枚の絵に出会う。

「なんだろう、この違和感…」

座っているような、立っているような、
怒っているような、泣き出しそうな、
なんとも言えない表情をしている。

よくわからない。

なぜ、ここに、この絵があるのか?

そんな違和感を抱えながら、
他の絵を見て回る。

◆絵を理解したがるのはなぜか?


ピカソ。

ここで、展示されている作品は、
フロンソワーズ=ジローとの間に、
恵まれたクロードとパロマに、
関わりの深いものだ。

そういえば、ピカソは
このようなことを言っていた。

人はなぜ絵画を理解したがるのだろう。
だれも小鳥の歌を理解しようとは思わない。
草木や花を理解しようとせずに愛せるのに、
なぜ、絵画となると人びとは理解したがるのだろう。

ここでいう“理解”は、“解釈”と
いうくらいの意味だろう。

僕らは、何かにおいて、
理由をつけて、自分の中の
引き出しに入れようとする。

その引き出しに入れる際の
名付け、タグづけこそが、“理解”だ。

おそらく草木や小鳥の歌を、
引き出しに入れておこうとしないのだろう。

ありふれすぎて、
あるいは価値を認めようとしないがために…。

さてさて、あの絵は、
なんなんだろうね…。

気にはなりつつ、
他の絵も見て回る。

◆こどもを悪魔から守る


ルノワール。

彼には、3人の子どもがいた。

左:『遊ぶクロード・ルノワール』 右『道化姿のクロード・ルノワール』

このこどもの絵を見て、気がついた。

男の子が、女の子のように
育てられている。


昔、乳幼児死亡率が高くて、
“小さな男の子は、悪魔に連れていかれる”
まさに、シューベルトの『魔王』の世界を
リアルに信じる時代がそこにあったのだろう。


シューベルト:魔王


ルノワールに関して言えば、
黄金色の子供の髪を描きたかったとも、
子どもの頭を守るためとも、
言われているらしい。

まぁ、その部分も否定はしないが、
こどもが成人するまで成長することを
“神にも祈る”気持ちだったことは
事実だったように思う。


◆ルソーが描いたのは誰か?

アンリ・ルソーの最初の絵に戻る。

ルソーは、7人の子供中、6人を
幼くして亡くすという不幸に見舞われている。
そして、この絵はモデルはよくわかっていない。

ただ、僕自身は、こう思う。

“お父さん、女の子の格好をしたけど
 僕、死んでしまいましたね”と、
隠世(かくりよ)の息子から、
届けられた(と感じた)やるせない
気持ちを描いたものだと思う。

つまり、ここで描かれている
『人形を抱く子ども』は、“男の子”

“男の子”が“女の子”の
格好をさせられている、
だから不機嫌に見えるんだ。

祈った神にも見捨てられた絶望感

いや、それをも飲み込み、
救われない我が子と離れなければ
ならなかった父親としての
怒り、恨み、哀しさを、
あの表情にこめたのだ。

いわば、あの絵は、ルソーと、
“亡き我が子との対話”である。

ピカソのように、“受け止め”た違和感を
僕は、そのように“理解”した。

宗教にも、哲学にも、アートにも、
“違和感→理解”はある。

何を“受け止め”、
どう“理解”するかは、
全てあなた次第・・・。

一度、絵を目の当たりにして、
“違和感→理解”を
体感されてはいかがでしょうか?



===============

『こども展 名画にみるこどもと画家の絆』

開催期間 2014年4月19日(土)~6月29日(日)※会期中無休
場所  森アーツセンターギャラリー
開館時間 10:00~20:00
http://www.ntv.co.jp/kodomo/index.html

【プチ情報】
朝早く行くか? 夕方行くか?

開演10:00から先着50名、
17:00以降からの先着30名に
プレゼントがあります。

同じ足を運ぶなら、お時間を
ご調整されることをお勧めします。


※1 最後にクイズを1つ。

Q.「こども展」なのに、
大人の絵が1枚あります。

それは、誰が、
描かれたものでしょうか?

こども展の中にある唯一の大人の女性、さて誰を描いたものでしょうか?答えは会場で。

※2.写真は、美術館より特別に
写真撮影の許可得ています。

2014年5月25日日曜日

【「捨てる」こと「捨てない」ことの判断軸】

園山征夫さんの新刊『礼節と誠実は最強のリーダーシップです。』は
もう、読まれましたか?

園山さんは、当時経営危機の
ベルシステム24の立て直しを託され、
1986年専務、87年43歳で同社社長に就任。

就任早々、社員に「6つの約束」として、
会社の将来像を示し、94年に店頭公開、
99年に東証一部に上場を達成されます。

その会社に、僕自身、1996年に入社。
98年に、今の会社を設立するために退社しましたが、
それまでの期間において、「園山イズム」の薫陶を受けました。

この本は、園山さん自身の若いころ、
自分一人の失敗が、上司や同僚、部下、
時には取引先などたくさんの人を巻き込んでいること、
この人たちの協力を仰がない限り失敗から事態を
回復できないという当たり前のことに気づいた経験からきています。

そして、ミドルマネジメントのリーダーが、日常的に、
直面するもろもろの業務や事象を横軸にして、
礼節と誠実さをもった対応方法の具体例を縦軸に示し、
この交錯するところでビジネスマンとして望ましいリーダーシップを
テーマごとに浮き上がらせる構成になっています。

とても読みやすい平易な文章に込められた知恵は、
読めば読むほどに味わい深いものであると気づかされます。

【ささった言葉】
・小事は大事
・(会社の成長について)踊り場に長く滞在しないこと
・(トンガリ(とがった)社員)個別のテーマを与え、時限を守って報告を受ける
・仕事の全体像を示す
・息抜きのイベントを催し、コミュニケーションを良くする
・視点を変えて、繰り返し話し合う
・ローテーションを組む
・感謝の気持ちを物で示す、全社での表彰をする
・湿り気のある関係 
・じっくり考えて「やらないこと」を明示する
・情報を伝えようとしすぎると、説明部分が欠落しがち
・撤退ハードルを明確にし、「撤退する」と宣言する
・「最初に、適切に仕事をする」
・「常に目的意識を持って仕事をする」
・「単純な答えには意外に嘘がない」
・「“事を行うに当たって、一番大事なものは、『気魄』”だ」
・いきなり高すぎるハードルを設定していないか

ミドル層を対象に、とありますが、
階層を問わず、一度、手に取り、
自分の状況と照らし合わせてみることをおススメします。

さらに、ゴージャスなことに、
園山さんが、質問に答えてくれました。





Q【園山さんへの質問】

「無用の用」も、考えるとやはり捨て切れないのです。
そのあたりのバランスというか、エッセンスを、またお聞かせください。





A【園山さんからのご回答】

「得ること」と「捨てること」のバランスが大事ですね。

http://www.yukio-sonoyama.com/column/1182.html



「得るもの」:信頼、信用、部下の「頭の中に潜んでいる知恵」
「捨てるもの」:過去


などありますが、皆さんはどうお考えになりますでしょうか?


2014年5月3日土曜日

【それでも僕は夢を見る 「夢との向き合い方」を描いた物語】
























夢はいつも僕を裏切る。

第一志望には受からなかった。

好きになった人には
振り向いてもらえなかった。

やりたい仕事に
就くことは
できなかった。

でも、
夢(こいつ)は
僕のそばにいて
能天気に僕を
はげましてきた。

大丈夫、大丈夫!
コピーの取り方しだいで
出世も全然あり得るよ!

この女の子、絶対、
君に気があるって!
だって絵文字多いもん!

やっぱり
企画の才能あるねー!
次の人事異動で確実に
抜てきされるよ!

でも
でも
でも
でもー

まだまだこれからだよ!
がんばれば
夢は必ずかなうから!

ファイト!
ファイト!

でも、
もう限界だー。

これ以上、
君と一緒にいても
苦しいだけだから……

僕は夢を、
捨てた。

……………
もって、
あと3日だろう。
親族にご連絡を

身寄りの方は
いないそうです。

ベッドの上に
身を横たえた私は、
これまでの人生を
振り返っていた。

そのとき
私の頭に浮かんでくるのは、
なぜか、何かを夢見て
悪戦苦闘した日々だった。

かなわなかった夢なのに
あの日々が輝いて見える。

夢は、
捨てるべきじゃ
なかったのか?

いや、もうよそう。
すべては終わったことだ……。

==================
このあと続く物語で、僕らは気づく。
夢のなんたるかを・・・。

かなわないから、夢を捨てるべきなのか?
死の直前に叶わぬ夢を見ることは無意味なのか?

あなたは、どう思いますか?