2013年3月15日金曜日

【「今日の利益と長期の成長力」のバランスをどう取るか】

毎週金曜日に参加している「早朝ドラッカーSkype勉強会」も、
89回を迎えることができました。今日は、ファシリテータとして参加しました。
(中途半端な回数でのご紹介は、なんとなく気に入っています。)

さて、本日のテーマはこちら、 「今日の利益と長期の成長力」

ACTION POINT


今日の利益のために長期の成長力を傷つけてはいませんか。
そのようなことなしに利益をあげる方法を検討してください。


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【回答例(予習):広告費の削減

今日の利益のために、長期の成長力の毀損する?

不況になると、3k経費(広告費、交際費、交通費)の削減を言われることが多いですね。ここでは、広告費の削減で考えてみます。

短期でみれば、広告費を削ることで収益の確保ができる、しかし
長期で見れば、顧客の最大化が図れず利益を得るチャンスをロスするケースもある。

広告費が
なぜ、削減対象としてあげられるか?

広告費の半分が金の無駄使いに終わっている事はわかっている
分からないのはどっちの半分が無駄なのか。【ジョン・ワナメーカー】という、この言葉に尽きます。

では、顧客の「買いたい!」のタイミングで告知すれば、経費の無駄はない?!
リスティング広告が効果が高いといわれるのは、
こういうタイミングが、良いからですね。

ただ、リスティング広告に行く前、つまり、
検索に行くまでの、アプローチをどう考えればいいのか?
    ↑
ここがポイントです。
広告出稿の技術が発達して、

サイトA(閲覧)×サイトB(閲覧)×キーワードC(検索)=広告出稿

みたいなことができるようになっても、あり続ける問題ですね。
(もぉ、できているのかな?)


情報提供を受け、自分に必要かどうか判断する不安な状態
ソフト条件の解消し、
金銭的、物理的に購買できる状態(ハード条件)が整えば、行動に移しますが、
ソフトの条件とハードの条件を恣意的にお膳立てするのは難しい   

なぜか?

(顧客全体を見れば、)
顧客の「買いたい!」のタイミングは、同時ではない からです。

(顧客個別に見れば、)
欲しいと思った客がお金を持っているとは限らない からです。


収益を得るということに、短期も長期もない。
しかし、会計が期ごとに決算を求める以上、
また、毎月を給与を支払う、そのタイミングごとでの
収益確定が必要なことも当然です。


ただ、顧客の購買タイミングを計ることが困難なのだとすれば、
計画的、継続的に、
顧客の欲しいと思われる情報(コンテンツ)を作り、
提供し続けること
が、短期に縛られず、結果的に、長期の成長力を
傷つけることのない、収益確保の道だと思われますが、いかがでしょうか?


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【TOPIX
(ディスカッションを通して得たヒント

・計画的に、継続的に顧客の欲しいと思われる情報(コンテンツ)を作り、提供し続けること。
・短期的な利益の誘惑に、どう打ち勝つか?
・長短期の感覚は、業界による。

【まとめ:今日の利益と長期の相克を超えるには?】

価値観のあぶり出し をし、
利益の定義 をし、
長短期のバランス を考えて
ゴールイメージの共有 をする。
⑤ 折を見て、①〜④を続けて、日々の仕事に落としこむ。



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                      (ディスカッションメモ)


2013年3月14日木曜日

【ラブストーリー戦略?】


『いいね!がお金に変わる魔法のマーケティング』著者の
川上徹也さんの【特別な人になるためのラブストーリー戦略】を聞いてきました。

「『ラブストーリー』って、死語じゃない?」なんて、
ちゃかしつつ、お話が始まりました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
商品を売らないで、あなた自身を売る。
商品を売らないで、体験を売る。
商品を売らないで、繋がりを売る
商品を売らないで、情報を売る。
商品を売らないで、作った人のこだわりを売る。
商品を売らないで、出来上がるまでの苦労を売る。
商品を売らないで、お客さんの未来を売る。
商品を売らないで、お客さんが使った時の感情を売る。
商品を売らないで、を売る。
商品を売らないで、社会貢献を売る。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
という、まず物語(ストーリー)を売ろうというのが、ポイント。

欠落を抱えた主人公が、
高い目標を立てて、
苦難を乗り越えて達成。
というのは、人類共通の「物語の黄金律」なのだそうだ。

「変な果物から生まれた友達のいない子供が、動物を家来にして、
みんなを困らせる鬼をやっつけて、宝物をもって帰還。」

「辺境の惑星で奴隷の身分であった一人の少年とその子供達の成長、
銀河系の自由と正義の守護者ジェダイと
銀河系の悪と恐怖の信奉者シスの攻防、そして、
銀河規模の共同国家体 銀河共和国から銀河帝国へ変わり、
そして、帝国の圧制に対する反乱により、
再び復活した「新共和国」への変遷を描いた物語。」

これは、上が桃太郎で、下はスターウォーズですね。
まさに、共通項が透けて見えますね。

そして、自分の仕事をストーリーで語ると、どうなるか?

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新しい仕事に関して、全体を俯瞰して、
うまいシナリオに組み立てられていなかった。
 だから、思うような仕事の成果を得られていない。(欠落)

ただ、「エンターテイナーたれ」という、
人を楽しませる工夫を通して、自分の人生を豊かにする志はもって、
仕事にあたることはあきらめずに、取り組んでいる。(高い目標)
キャンセルが出たことで偶然、参加することができた
セミナーを通して、思わぬヒントを得ることができた。

そして、描いた上昇のストーリーで、
成功をおさめることができた。(苦難を乗り越えて達成)
でしょうか?・・・

さぁ、うまくいくか、どうかは、神のみぞ知る?!
楽しみにしつつ、応援して頂けるとうれしいです。

2013年3月13日水曜日

【コンパの幹事とサンデル教授】



コンパの日程調整は、“正義”に関わる話です。
昔から、コンパや集まりの幹事をすることが、よくありました。

予算、場所、店の雰囲気などなど、決めないといけないことは、山のようにありますが、
なかでも、一番気を使うのは、参加者のスケジュール調整ではないでしょうか。

人数が多いのは、この日だな。でも、部長のスケジュールが・・・。」
「返事まだかえってきてないけど、あいつくると盛り上がるからな・・・。」

誰を優先して、予定を組むか?
誰のメリットを優先し、どう配分するのが、正しいのか?

常識的に考えれば、2つのやりかたがあると思います。
①人数を多い日を決める→「調整的正義」=いわば、均等配分。
②部長の都合のあう日→「配分的正義」=地位・能力・努力等に応じて
決定を変化させる、いわば、傾斜配分。

ちなみに、“正義とは、ふさわしいあり方をしているかどうか”、
くらいの意味で使っています。

なんだか、悩ましい…、哲学的ですね。
どうすればいいんでしょうね。(^_^;)

あと、

③くじ(占い)で決める?
→「運命(宗教)的正義」=神(絶対者)に決定を委ねる。
いわば、配分の放棄、ですかね。

ハーバード白熱教室で有名なサンデル教授は、
「人間が共同で生きているなら、どんなつながり(連帯)、
 どんな社会の幸福な姿があり得るか」

いわば、どう分配するか」の正義から、
どう公共(全体)の価値をつくるか」という正義を論じているのだと思います。

正義の問題の根底には、個人と公共(全体)、そして、自由と平等の対立がある。

公共=全体というフレームで考えると、イメージしやすいですが、
全体を優先するために、個人を犠牲にする全体主義、ちょっと、怖くなりませんか?

だからこそ、正義の原理が必要なのだと思います。


いやー、幹事って、本当に大変ですね。

だって、その集団の「正義」とは何か、を
提示しないといけないんですから。

ちょっと、オーバーかもしれませんが…。(^_^;)

2011年7月2日土曜日

【早朝ドラッカーSkype勉強会】

facebookを通じて、ご縁を頂いた
「早朝ドラッカーSkype勉強会」に参加させてもらっています。

テキストは、「ドラッカー 365の金言」。
基本的には、その前日の内容をベースに考え、
ディスカッションしますが、変更になることもあります。

前回は、パソコンの調子が悪く、参加直前のタイミングで接続が切断され、
討論に参加できなかった為、以下、自分が考えた内容をレジュメにまとめた。
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7月1日 事業の定義とは:
明確でシンプルな事業の定義が成功する企業の特徴である。

“シンプルな事業の定義”

あれば→どのような背景からか?
シンプルになっていない場合→シンプルにする必要がある。

事業の定義を構成する3つの要素。
①経営環境→社会、市場、顧客、技術
②使命→成果を明らかにする
③中核的な能力(コア・コンピタンス)

【ACTION POINT】
昨日スーパースターだった企業が、
つまずいてマネジメント不能の状況に陥っています。
それぞれの例について、事業の定義に何が起こったのかを考えて下さい。

A【回答】百貨店業界をケースに考えました。
「富裕層にふさわしい高級な商品と価値を提供します」
(と、百貨店の事業の定義を仮定)

①経営環境の変化

社会→高級なものを購入する手段の多様化。ロハスな生き方。
市場→価値観の多様化。競合業態の台頭。百貨店に行くことを楽しむ人の減少。
顧客→富裕層の意識の変化(ステータス観の変化)。中産階級の勃興。
技術→ネットの普及で、楽しい・欲しいもの情報の入手・購入が簡単になった。

②使命:「富裕層にふさわしい高級な商品と価値を提供し、心を豊かにします」
(と、使命を仮定)

③中核的な能力:富裕層の欲求を満たす商品提供者との接点と
それにまつわる情報を収集する能力。

インターネットの普及により、入手できる情報量が増えた。
価値観も変わった。百貨店側(売り手側)、顧客(買い手側)、
双方ともに情報量が増えたが、売り手と買い手の間で、
“価値”という情報ギャップがなくなったため
相対的に百貨店のおける価値は減り、顧客からの期待が減り、
マネジメント不能な状況に陥ったのだと思います。

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自社の事業の定義も、しっかり行い、折を見て更新をしなければならない。
あらゆるものが陳腐化する世界。「すでに起こった未来をみ」つけ、
「自分で未来をつくること」、そこからスタートさせるしかないと思った。

2011年5月5日木曜日

自己と他者の均衡点

自己と他者の関係について、考えてみた。

“均衡そのものが善なのだ。”

村上春樹も、孔子も、釈迦も言っている。
おそらく、これは、正しい。

ただ、“均衡”が善として、“均衡点”をどこに置くか、が、重要なのだ。
社会で生きる上では、“自己と他者の関係の均衡点”を探らなければならないのだ。

“ほぼ”全てのことは、相対化される。

社会において、たくさんのことが、数値化され、比較・相対化される。
だからこそ、人は、絶対なるものを求め、それがあることを強く信じている。

かくいう自分自身も、絶対なものがあると信じている。
何ものにも、換え難いものがある、と。

でも、それは、あくまで、自分自身にとってだけで、
他者から見れば、“絶対”でもなんでもなく、数字に置き換わる。

だから、バランスなのだと思う。
全ての人に、“絶対” と思われるものがあり、それを思考に入れる必要がある。

ただ、思考だけをぐるぐる巡らしていても、おそらく均衡点は見つからない。
それを見つけるには、補助線がいる。

そして、この問題を解く補助線になりうるのは、
自己でもなく、他者まで遠くない誰か、なのではないか…。

具体的には、家族や友人、読書なのだと思う。

だから、家族と話し、友人の意見を聞き、読書に耽るのだと思う。
そして、そのプロセスは、一生続くのだと思う。社会で生きている限りにおいては。

2011年3月20日日曜日

行動を起こす時の敵とは誰か?

僕らが、何か行動を起こす時、必ず“敵”が現れる。

その“敵”は、自分の反対意見を持つ者のことではない。
意見・方向性は同じだけど、程度や優先順位が違う“敵”なのだ―。

「飛行機が墜落の可能性はあるか?」と聞けば、どうだろう?

ほぼ100%の人が、Yesと答えるはず。つまり、Yes/Noで聞けば、同意見なのだ。
では、「どのくらいの確率で落ちますか?」と聞けば、どうだろう?

ここは、意見がわかれるのではないか?

それは、前提(知識、育った環境や価値観)や利害が違うからだ。

前提や利害が違えば、立場は変わる。
違う立場で話しあえば、採る意見も変わる。

また、人は、一貫性にこだわるので、一旦とったポジションから動きづらい。
なかなか行動が変わりにくい。


だからこそ、『調整と決断』が必要なのだと思う。



『調整』が必要なのは、意見を変えるための合意を形成しなくてはいけないから。
『決断』が必要なのは、兵糧と時間が、有限だからだ。

『調整と決断』と書いたが、これは、何もチームの中だけの話でもない。

個人でも、チームと同じような逡巡があるはずだからだ。
ただ、ここで、話を整理したかったのは、こういうことだ。

“目指すゴールは同じ。”だというところに立ち返れるのだとしたら、
議論の仕方も変わってくるのだと思うのだ。

つまり、
①志(方向)は同じ。→
②方法論(程度)が違うだけの問題。→
③だったら、合意できる道は必ずある。

政党はすべからく、「国民生活の向上」を模索し、実行しようとしている。

ただ、優先順位、力の配分が違うだけだ。
だから、本当は協力できるはずだ、立場を越えて。

白か黒の議論はわかりやすい。
ただ、現実は、それで割り切れるほど単純じゃない。

人の個性の数だけ意見があり、それぞれに正しい部分もあるから。
だからこそ、賛否両論の中、批判をも、うまく取り込みながら、
進んでいかないと行けないのだと思う。

そのために、『調整と決断』のレベルが向上し、行動がよりスピーディーになり、
社会と個人が、すこしでも潤いのあるものになってほしいと思う。

それは、リーダーの責任でもあるし、チーム個々人の責任でもある。
意見を言う権利は、もちろんある。でも、それには、本来、責任がともなうはずだ。

自分が考える批判の矛先に、自分なりの改善策を持ち合わせようと思う。
敵との争いは、しょせん50歩100歩なのだから。

2011年3月17日木曜日

町が活気を取り戻す時

その昔、うちの会社の取締役の一人が、
ある雑誌の編集に関わっていた時の話。

阪神大震災がおこった。

彼自身も、被災者だったが、雑誌の復刊のために、被災地をまわり、
色々取材して感じたことを教えてくれた。

ラジオ→新聞→テレビ→雑誌。

これが、被災者にとっては、
重要なメディアの順だと、彼は考えた。

雑誌は、趣味性が高く、最も緊急性の低いメディア。

だから、他のメディアがやるような被災地の報道や、
他の雑誌がやるような被災地を避けた記事づくりをしても、意味がないと考えた。

「神戸に、来て下さい。」

彼が伝えたいと考えたメッセージは、それだった。
それが、雑誌の果たす役割であり、自分の仕事だと。

だから、まだ片付かない店の中で、きれいな食器をわざわざ用意させて、
おばちゃんを元気づけ、料理を盛り付けさせたところを写真に撮った。

電車がつながりはじめ、雑誌を見た人たちが、
たくさん店に押し寄せた。往時の勢いを取り戻すきっかけになった―。

今回の地震と、重なる部分と、そうではないところがあると思う。

いま、“素人が被災地に行くことは、復興の邪魔になる。”とばかりな話が多い。
それは、一面の真実ではあるけれど、また、それだけが真実を映しているとも思わない。

たしかに、素人のボランティアが、現場の混乱をさせることはあったろう。

でも、身内を心配して運んだ食料や自分の知る誰かを助けたいという、
その素朴な気持ちが、人をはげまし、早期の復興につながった部分は絶対あると思う。

人を呼ぶことと、行くことの重要性。

一日も早く、たくさんの人が行き来し、
町が活気を取り戻すよう願っている。