並ぶdocomo 客のいないsoftbank 実は・・・。
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今日は、やっぱりこの話題かな。
写真奥のdocomoには、行列ができて、
ソフトバンクには、お客さんがいない状態。
「やっぱり、docomoユーザーはiphone待ってたし、これから巻き返しだな」
「ソフトバンクは、いよいよ苦境だな」
一見すると、そう思ってしまう。
でも、事実は違う。
タネ明かしをします。
この写真は、実は、9時過ぎの神田駅周辺の駅。
ソフトバンクは、この時点で、店を開けていた。
だから、お客さんを処理できて、この時点で行列はない。
ただ、それだけのこと・・・。
写真は、事実を表すが、
その背景までは表さない。
人は、目に見えたものを、信じる。
それは、当然の心理なのだが、
正しい場合は、全てが見えている時のみだ。
しかし、人間は、「神の目」のように、
全体を見渡せすことができるのか?
否、おそらく、そうではない。
見えている物だけで、判断する。
しかし、必ず、別の可能性も
頭の片隅に残しておくべきだ。
本当にdocomoが、今回のiphone導入で、
大きくシェアを伸ばせるかもしれない。
また、取り上げなかったが、auだって、
プラチナ800MHzで、急伸するかもしれない。
何が言いたいか。
見えている事実は、あらゆることの一断片でしかなく、
すぐに、状況がかわるかもしれない。
すぐに、状況がかわるかもしれない。
だから、見えている今で判断するにしても、
それを固定化させてはいけない、ということだ。
“これは、いいな”と思っていたことが、
変わることもあるし、その逆もまたしかり。
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世の中には、「後家づくり」と呼ばれる仕事がある。
これは、毎週金曜日参加している朝活、
『早朝ドラッカースカイプ勉強会』で、今日でてきたキーワードだ。
後家づくりとは、19世紀のニューイングランドの船乗りたちが、
連続して大事故を起こした船につけた名である。
船主たちはその船を思い切って解体した。
船主たちはその船を思い切って解体した。
今日では、優秀な人が連続して失敗しる仕事が後家づくりである。
いかに、優秀であろうと、次の者を失敗することは、確実である。
ここで、行うべきことは、その仕事を廃止し、仕事の内容を再構成することである。
そのような仕事は、組織が急成長したときや、大きく変化したときに、生まれやすい。(中略)
通常、後家づくりは偶然から生まれる。たとえば、たまたま一人の人間のなかには
なかなか見られない2つの資質を併せ持つ者が、うまくこなしてしまったために生まれる。
(『ドラッカー 365の金言』より)
みなさんのまわりでもありませんか?
例えば、上手くいっていた案件が、
担当者の異動で、まわらなくなってしまったことが・・・。そして、その建て直しに、また、新たな人を投入するも、うまくいかない・・・。
ひょっとしたら、それは、「後家づくり」の仕事かもしれない。
(そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない・・・。)
大変な仕事を押しつけられましたな・・・。
前任者に、文句の一つでも言ってやろうと思うかもしれない。
でも、それは、間違い。
その時に、その人がいなかったら、
組織自体が、立ち上がらなかった可能性があるからだ。
では、そんなときは、どうするか?
「思い切って、船を解体」することだ。
(もしくは、それを申し入れることだ。)
単純に、やめるのじゃなく、
今までのやり方を新しく組みなおすこと。
では、どうするか?1.“後家づくりの仕事”化(属人的だが、オリジナリティある大仕事)にしすぎない。
2.“ルーティンワーク”化しすぎない。
ポイントは、そのバランスだ。“ルーティンワーク”化について、少し補足をする。
人は、決められたことを、寸分変わらぬように、
“ルーティンワーク”化されていると、仕事に飽きる。
一種の、“燃え尽き症候群”かもしれない。
飽きてしまえば、仕事をなめる。
人に対しても、おろそかになる。
大事なのは、
“なぜ、これするのか?”
という、目的を共有することだ。
そうすれば、自ずと答えはでてくる。
流されるのは、それを考えず、惰性で、取り組むからだ。
だから、
「仕事の工程は、“ルーティンワーク”にし、
内容や機能で、個性(オリジナリティ)を出せばいいのではないか?」
とは、新しく参加された方の意見。
まったく、そう思う。いや、違う??
はい、はい。
“そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。”
でしたよね。
おあとがよろしいようで・・・。
みなさんのまわりでもありませんか?
例えば、上手くいっていた案件が、
担当者の異動で、まわらなくなってしまったことが・・・。そして、その建て直しに、また、新たな人を投入するも、うまくいかない・・・。
ひょっとしたら、それは、「後家づくり」の仕事かもしれない。
(そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない・・・。)
大変な仕事を押しつけられましたな・・・。
前任者に、文句の一つでも言ってやろうと思うかもしれない。
でも、それは、間違い。
その時に、その人がいなかったら、
組織自体が、立ち上がらなかった可能性があるからだ。
では、そんなときは、どうするか?
「思い切って、船を解体」することだ。
(もしくは、それを申し入れることだ。)
単純に、やめるのじゃなく、
今までのやり方を新しく組みなおすこと。
では、どうするか?1.“後家づくりの仕事”化(属人的だが、オリジナリティある大仕事)にしすぎない。
2.“ルーティンワーク”化しすぎない。
ポイントは、そのバランスだ。“ルーティンワーク”化について、少し補足をする。
人は、決められたことを、寸分変わらぬように、
“ルーティンワーク”化されていると、仕事に飽きる。
一種の、“燃え尽き症候群”かもしれない。
飽きてしまえば、仕事をなめる。
人に対しても、おろそかになる。
大事なのは、
“なぜ、これするのか?”
という、目的を共有することだ。
そうすれば、自ずと答えはでてくる。
流されるのは、それを考えず、惰性で、取り組むからだ。
だから、
「仕事の工程は、“ルーティンワーク”にし、
内容や機能で、個性(オリジナリティ)を出せばいいのではないか?」
とは、新しく参加された方の意見。
まったく、そう思う。いや、違う??
はい、はい。
“そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。”
でしたよね。
おあとがよろしいようで・・・。
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